〝ラーメンの鬼〞故・佐野実氏から学び実践

「支那そばや」の創業者にして、〝ラーメンの鬼〞の異名を取った故・佐野実氏に師事し、7年間の修業を積んだ沖崎一郎氏が、独立して「ラーメン星印」を構えたのは、2014年3月24日。そのわずか2週間後に、佐野氏は独り立ちした愛弟子の姿を見ることなく、帰らぬ人となった。沖崎氏が師匠から学んだすべてと、己の情熱のすべてを込めた一杯を生み出すまでの軌跡を取材した。


特製醤油ラーメン 1,050円

ラーメン星印
所在地=神奈川県横浜市神奈川区反町1-3-4 ルミノ反町1階
営業時間=月~土曜日:午前11 時~午後3時、6時~9時、日曜日:午前11 時~午後7時30分(食材がなくなり次第終了)、火曜定休(祝日の場合は水曜休)

特製醤油ラーメン 1,050円
具は豚肩ロースのチャーシュー2 枚、豚ひき肉、エビ、椎茸が入った大判ワンタン3 個、名古屋コーチンの半熟味付き卵、メンマ、九条ネギ

酸っぱ辛いラーメン 850円

酸っぱ辛いラーメン 850円
和風酸辣湯(サンラータン)をイメージして創作。具は豚ばら肉のチャーシュー1 枚、生のニラ、メンマ、白髪ネギ、フライドオニオン、ブラックペッパー


ほどほどの生き方はしない

沖崎氏は矢沢永吉の大ファン。「★」のマークも永ちゃんにちなんだもの

沖崎氏は矢沢永吉の大ファン。「★」のマークも永ちゃんにちなんだもの
 沖崎氏の生き方をひと言で表すなら「100か0か」。〝ほどほど〞という言葉はない。人とも、自分とも妥協しないので、ぶつかることも多い人生だ。
大学4年間、ラーメン店でアルバイトをしていた沖崎氏は、卒業後、ラーメン店に就職するが、約2年間で3軒を転々とする。「いろいろあって、ラーメンがイヤになり、イタリア料理店でバイトをしたり、そば屋で給料なしの住み込みで働いたこともありました。そのそば屋で職人が無心にそばを打つ姿をみて、『カッコいいな』と思ったんです。自分もちゃんと修業をしたい。そうだ! もう一度ラーメンに戻ろうって」と、ラーメンの神様は沖崎氏を手放さなかった。
修業先として選んだのが「支那そばや」。「仕込みひとつにしても、ここまでやるのかと思うほどきつかったけど、それが『100か0か』、やるなら徹底的にやる自分には合っていました。佐野さんの作るラーメンにはうそがない。100なんです」
食材をとことん厳選するだけではない。ボイルした豚の背骨はエグミの原因になる髄を丁寧に洗い取る。ネギは一番外側の皮をむき、泥が残っていないかをチェックする。鶏がらは内臓をきれいに掃除してから炊く……など。「ラーメン作りの基礎と職人としての心構えを佐野さんから教わりました」と言う。
やがて「支那そばや」という店の枠組みには収まりきらないラーメン職人へと成長した沖崎氏は「人に雇われて作るラーメンはもういい。自分のラーメンを作りたいと思いました」と独立の道を歩み出した。そこから味作りとの格闘が始まる。目指したのは鶏肉のうま味とキレが光るラーメン。「『支那そばや』とはまた違う感じで、鶏を主張したいと思いました。でも、そんなに理屈をこねなくても、自分がおいしいと思うラーメンを作れば、自然と個性が出ると思っていましたけどね」
とはいうものの、いざ開店してみると苦戦を強いられた。味に納得がいかず、スープとたれを全部捨てたことも。「営業中から『なんか違うな』と思っていたんですね。それで店を閉めてから、一回全部チャラにしようと、寸胴をひっくり返しました」と、ここでも「100か0か」を貫いた。
その後も、おいしさの追求は歩を緩めず「やっと今の味にたどり着きました。開店当時とはまったく違う味になっています。現時点ではこの味に満足していますが、まだ進化中。お客さんをもっと驚かしたい!」と終わることのない戦いが続いている。


開業資金は200万円 開店後半年は閑古鳥が鳴く

店内の至るところに矢沢永吉グッズが飾られている

店内の至るところに矢沢永吉グッズが飾られている
 「ラーメン星印」は2014 年3月開業。立地は東急東横線・反町から徒歩約5分。開業資金はわずか200万円。「自分を応援してくれる知り合いから借りました。現在、返済中です」と言う。資金が乏しかったので、店舗はもちろん居抜き。厨房器具はすべて中古品で、ゆで麺機は6万円。箸立ては100円の花瓶、レンゲ立ては観葉植物用の鉢。壁一面に貼られた矢沢永吉の大判タオルは、コンサートに行くたびに買って家にたまっていたものを「壁を塗り替える予算がなかった」ので活用。

シンプルな★印が印象的な店頭

シンプルな★印が印象的な店頭
 開店当日は130人集客したが、ゴールデンウイークあたりから客足が落ち、1日20〜30人という日も。「マジでつぶれるんじゃないかと思うほど暇でした」と自分の店を持つことの厳しさを体験する。スープとたれを全部捨てたのもこのころ。
「ラーメンの食べ歩きをしている人たちは新規店にはすぐに足を運ぶけど、なかなか続けて来店してもらえないんです。常に注目されるためには、新しいラーメンを出し続ける必要があります」と定期的に限定ラーメンを出し始めたころから集客が持ち直す。
1日平均客数は平日約70人、週末約100人。客単価は約1000円。坪数10坪、席数7席。店名の「星印」は、矢沢永吉のトレードマークの「★」にちなんだもので、永ちゃんファンとしても「100」に徹する。


5種類の醤油をブレンド 作り手が変わると味も変わる

醤油ラーメンのたれは、この4 種類の醤油と鮭魚醤を使用。左端は「支那そばや」で使っているものと同じ生醤油

醤油ラーメンのたれは、この4 種類の醤油と鮭魚醤を使用。左端は「支那そばや」で使っているものと同じ生醤油
 スープは約50ℓの寸胴で鶏がら15㎏、丸鶏1羽、鶏関節3㎏、名古屋コーチンの皮2㎏、比内地鶏の皮2㎏、豚背骨5㎏、ゲンコツ3㎏ を炊き、時間差で昆布、椎茸、鰹節、鯖節、煮干し、干しエビ、香味野菜を加えて、合計で約7時間炊く。このスープで同時にチャーシューを煮込む。
「醤油ラーメン」のたれは、生醤油に酒、みりん、醤油麹、リンゴ酢を加えて約65度まで温め、ひと晩置く。「その時の気温によって0.5度の範囲内で、微妙に変えます。醤油の香りを生かすためのさじ加減ですね」。翌日、他の4種類の醤油と合わせて、さらにひと晩寝かせてなじませる。
「酸っぱ辛いラーメン」に使用する自家製ラー油は、鯖節、煮干し、干しエビ、フライドガーリックをミキサーにかけ、香辛料を加えてから熱したラー油をかけたもの。丼でスープ、「醤油ラーメン」のたれ、自家製ラー油、黒酢を合わせて完成させる。「和風酸辣湯をイメージした」というだけあって、鯖節が効いている

麺は「支那そばや」製を使用。原材料

麺は「支那そばや」製を使用。原材料
 麺は、以前は製麺所から取り寄せていたが、「支那そばや」製に変更。ストレート麺・20番手。1食分=150g。
仕込みも作るのも、すべて沖崎氏が一人でまかなう。「店がもうかるようになっても、人に任せようとは思いませんね。まったく同じレシピで作っても、作り手が違うと味が変わっちゃいますから。自分以外の人間が作ったら、もう自分のラーメンじゃありません」と職人魂を貫く。厨房をスタッフに任せて、ラクをしようという気持ちはない。「〝ラク〞とは、〝楽〞しむこと。自分が理想とするラーメンを作って、お客さんに喜ばれて、それで生活できるなんて、こんな楽しいことはありませんよね」とラーン人生を歩む。


鮭魚醤

「ラーメン星印」の愛用食材

鮭魚醤規格=200 ㎖
販売元=まるはら(大分県日田市)

うま味成分の強さが決め手

原材料はサケと塩のみ。素材の味を引き立て、うま味を際立たせる。海の魚独特の香りがするのが特徴。「とにかくうま味がデカいんです。醤油ラーメンには5種類の醤油を使っていますが、これがないと完成しません。醤油だれに自分の個性を出すとしたら、この魚醤が不可欠ですね」と沖崎氏。


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沖崎 一郎(おきざき・いちろう)

弁護士を諦めラーメンの道へ

1977年横浜市生まれ。ラーメン好きの父親の影響を受け、子どものころからラーメン好き。司法試験を目指して明治大学法学部に入学し、弁護士事務所でアルバイトをするが、「自分が思っていたような“正義の味方”ではなかった」ことに失望して断念。ちょうどラーメンブームのはしりでもあり、もともとラーメン好きだったこともあり、ラーメンの食べ歩きに熱中。カウンターから厨房をのぞき込んでは、ラーメンを作る店主の姿に「カッコいいな」と感心している沖崎氏に、中学時代の同級生が「そんなに好きなら、ラーメン屋をやればいい」と言われたことも。そんなこともあり、大学在学中は東急東横線・綱島駅にある「らーめん桃源」でアルバイトをする。卒業後、同店の“社員第1号”として就職。その後、転職して2軒のラーメン店、イタリア料理店そば屋を経て、「支那そばや」と出合う。同店の新横浜ラーメン博物館店の店長を約3年経験し、2014年3月に「ラーメン星印」を開業。ちなみに小学5 年生から矢沢永吉好きという筋金入りのファン。

adminラーメントレンド〝ラーメンの鬼〞故・佐野実氏から学び実践 「支那そばや」の創業者にして、〝ラーメンの鬼〞の異名を取った故・佐野実氏に師事し、7年間の修業を積んだ沖崎一郎氏が、独立して「ラーメン星印」を構えたのは、2014年3月24日。そのわずか2週間後に、佐野氏は独り立ちした愛弟子の姿を見ることなく、帰らぬ人となった。沖崎氏が師匠から学んだすべてと、己の情熱のすべてを込めた一杯を生み出すまでの軌跡を取材した。 ラーメン星印 所在地=神奈川県横浜市神奈川区反町1-3-4 ルミノ反町1階 営業時間=月~土曜日:午前11 時~午後3時、6時~9時、日曜日:午前11 時~午後7時30分(食材がなくなり次第終了)、火曜定休(祝日の場合は水曜休) 特製醤油ラーメン 1,050円 具は豚肩ロースのチャーシュー2 枚、豚ひき肉、エビ、椎茸が入った大判ワンタン3 個、名古屋コーチンの半熟味付き卵、メンマ、九条ネギ 酸っぱ辛いラーメン 850円 和風酸辣湯(サンラータン)をイメージして創作。具は豚ばら肉のチャーシュー1 枚、生のニラ、メンマ、白髪ネギ、フライドオニオン、ブラックペッパー ほどほどの生き方はしない 沖崎氏は矢沢永吉の大ファン。「★」のマークも永ちゃんにちなんだもの  沖崎氏の生き方をひと言で表すなら「100か0か」。〝ほどほど〞という言葉はない。人とも、自分とも妥協しないので、ぶつかることも多い人生だ。 大学4年間、ラーメン店でアルバイトをしていた沖崎氏は、卒業後、ラーメン店に就職するが、約2年間で3軒を転々とする。「いろいろあって、ラーメンがイヤになり、イタリア料理店でバイトをしたり、そば屋で給料なしの住み込みで働いたこともありました。そのそば屋で職人が無心にそばを打つ姿をみて、『カッコいいな』と思ったんです。自分もちゃんと修業をしたい。そうだ! もう一度ラーメンに戻ろうって」と、ラーメンの神様は沖崎氏を手放さなかった。 修業先として選んだのが「支那そばや」。「仕込みひとつにしても、ここまでやるのかと思うほどきつかったけど、それが『100か0か』、やるなら徹底的にやる自分には合っていました。佐野さんの作るラーメンにはうそがない。100なんです」 食材をとことん厳選するだけではない。ボイルした豚の背骨はエグミの原因になる髄を丁寧に洗い取る。ネギは一番外側の皮をむき、泥が残っていないかをチェックする。鶏がらは内臓をきれいに掃除してから炊く……など。「ラーメン作りの基礎と職人としての心構えを佐野さんから教わりました」と言う。 やがて「支那そばや」という店の枠組みには収まりきらないラーメン職人へと成長した沖崎氏は「人に雇われて作るラーメンはもういい。自分のラーメンを作りたいと思いました」と独立の道を歩み出した。そこから味作りとの格闘が始まる。目指したのは鶏肉のうま味とキレが光るラーメン。「『支那そばや』とはまた違う感じで、鶏を主張したいと思いました。でも、そんなに理屈をこねなくても、自分がおいしいと思うラーメンを作れば、自然と個性が出ると思っていましたけどね」 とはいうものの、いざ開店してみると苦戦を強いられた。味に納得がいかず、スープとたれを全部捨てたことも。「営業中から『なんか違うな』と思っていたんですね。それで店を閉めてから、一回全部チャラにしようと、寸胴をひっくり返しました」と、ここでも「100か0か」を貫いた。 その後も、おいしさの追求は歩を緩めず「やっと今の味にたどり着きました。開店当時とはまったく違う味になっています。現時点ではこの味に満足していますが、まだ進化中。お客さんをもっと驚かしたい!」と終わることのない戦いが続いている。 開業資金は200万円 開店後半年は閑古鳥が鳴く 店内の至るところに矢沢永吉グッズが飾られている  「ラーメン星印」は2014 年3月開業。立地は東急東横線・反町から徒歩約5分。開業資金はわずか200万円。「自分を応援してくれる知り合いから借りました。現在、返済中です」と言う。資金が乏しかったので、店舗はもちろん居抜き。厨房器具はすべて中古品で、ゆで麺機は6万円。箸立ては100円の花瓶、レンゲ立ては観葉植物用の鉢。壁一面に貼られた矢沢永吉の大判タオルは、コンサートに行くたびに買って家にたまっていたものを「壁を塗り替える予算がなかった」ので活用。 シンプルな★印が印象的な店頭  開店当日は130人集客したが、ゴールデンウイークあたりから客足が落ち、1日20〜30人という日も。「マジでつぶれるんじゃないかと思うほど暇でした」と自分の店を持つことの厳しさを体験する。スープとたれを全部捨てたのもこのころ。 「ラーメンの食べ歩きをしている人たちは新規店にはすぐに足を運ぶけど、なかなか続けて来店してもらえないんです。常に注目されるためには、新しいラーメンを出し続ける必要があります」と定期的に限定ラーメンを出し始めたころから集客が持ち直す。 1日平均客数は平日約70人、週末約100人。客単価は約1000円。坪数10坪、席数7席。店名の「星印」は、矢沢永吉のトレードマークの「★」にちなんだもので、永ちゃんファンとしても「100」に徹する。 5種類の醤油をブレンド 作り手が変わると味も変わる 醤油ラーメンのたれは、この4 種類の醤油と鮭魚醤を使用。左端は「支那そばや」で使っているものと同じ生醤油  スープは約50ℓの寸胴で鶏がら15㎏、丸鶏1羽、鶏関節3㎏、名古屋コーチンの皮2㎏、比内地鶏の皮2㎏、豚背骨5㎏、ゲンコツ3㎏ を炊き、時間差で昆布、椎茸、鰹節、鯖節、煮干し、干しエビ、香味野菜を加えて、合計で約7時間炊く。このスープで同時にチャーシューを煮込む。 「醤油ラーメン」のたれは、生醤油に酒、みりん、醤油麹、リンゴ酢を加えて約65度まで温め、ひと晩置く。「その時の気温によって0.5度の範囲内で、微妙に変えます。醤油の香りを生かすためのさじ加減ですね」。翌日、他の4種類の醤油と合わせて、さらにひと晩寝かせてなじませる。 「酸っぱ辛いラーメン」に使用する自家製ラー油は、鯖節、煮干し、干しエビ、フライドガーリックをミキサーにかけ、香辛料を加えてから熱したラー油をかけたもの。丼でスープ、「醤油ラーメン」のたれ、自家製ラー油、黒酢を合わせて完成させる。「和風酸辣湯をイメージした」というだけあって、鯖節が効いている 麺は「支那そばや」製を使用。原材料  麺は、以前は製麺所から取り寄せていたが、「支那そばや」製に変更。ストレート麺・20番手。1食分=150g。 仕込みも作るのも、すべて沖崎氏が一人でまかなう。「店がもうかるようになっても、人に任せようとは思いませんね。まったく同じレシピで作っても、作り手が違うと味が変わっちゃいますから。自分以外の人間が作ったら、もう自分のラーメンじゃありません」と職人魂を貫く。厨房をスタッフに任せて、ラクをしようという気持ちはない。「〝ラク〞とは、〝楽〞しむこと。自分が理想とするラーメンを作って、お客さんに喜ばれて、それで生活できるなんて、こんな楽しいことはありませんよね」とラーン人生を歩む。 「ラーメン星印」の愛用食材 鮭魚醤規格=200 ㎖ 販売元=まるはら(大分県日田市) うま味成分の強さが決め手 原材料はサケと塩のみ。素材の味を引き立て、うま味を際立たせる。海の魚独特の香りがするのが特徴。「とにかくうま味がデカいんです。醤油ラーメンには5種類の醤油を使っていますが、これがないと完成しません。醤油だれに自分の個性を出すとしたら、この魚醤が不可欠ですね」と沖崎氏。 沖崎 一郎(おきざき・いちろう) 弁護士を諦めラーメンの道へ 1977年横浜市生まれ。ラーメン好きの父親の影響を受け、子どものころからラーメン好き。司法試験を目指して明治大学法学部に入学し、弁護士事務所でアルバイトをするが、「自分が思っていたような“正義の味方”ではなかった」ことに失望して断念。ちょうどラーメンブームのはしりでもあり、もともとラーメン好きだったこともあり、ラーメンの食べ歩きに熱中。カウンターから厨房をのぞき込んでは、ラーメンを作る店主の姿に「カッコいいな」と感心している沖崎氏に、中学時代の同級生が「そんなに好きなら、ラーメン屋をやればいい」と言われたことも。そんなこともあり、大学在学中は東急東横線・綱島駅にある「らーめん桃源」でアルバイトをする。卒業後、同店の“社員第1号”として就職。その後、転職して2軒のラーメン店、イタリア料理店そば屋を経て、「支那そばや」と出合う。同店の新横浜ラーメン博物館店の店長を約3年経験し、2014年3月に「ラーメン星印」を開業。ちなみに小学5 年生から矢沢永吉好きという筋金入りのファン。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!